【K-メソッド】


《 アクート発声メソッド!》



「#ファ」で絶叫だったバリトンの私に起きた革命!

アクートとファルセットは一卵性双生児

自分の意思で出そうとするから・・・・ファルセット

ファルセットの声帯を鳴らす事で・・・・アクート


私が伝えたいのは世界一単純で明快な鳴らし方です

貴方の声帯にも革命が起きるはずです!



【K-メソッド】 レッスンコース

アクート・セミナー
(Skype対応)

1度のみのレッスン歓迎
レッスンではアクートの原理・・・・つまりファルセットの声帯の鳴らし方を指導します。後はそれぞれ皆さんが個人個人の修練の中で磨きをかけて行けるように単純明快にアドバイスいたします。基本的に単発で1度きりのレッスンです。詳しくはこちらをご参照下さい。

Skypeにも対応、遠方の方はご相談ください。



【ブログトピック】

maschera(伊)、mask(英)発声の極意!

ついに解明・・・・アクートと言う裏ワザのメカニズム!!

カラオケ Tu ca nun chiagne

カラオケ O sole mio !

カラオケ フニクリ・フニクラ

カラオケ 帰れソレントへ

詭弁① 喉を開けてもっとリラックスして!?


貴方は未だ自身の声帯の潜在的機能を半分しか使っていない!

出来ないのではなく使っていないだけなのです。

先ず潜在的機能の残り半分が何たるかを知ることが先決です!

アクートはあなたにも可能なのです!



【アクートの実践】




第一期イタリア・オペラ黄金期に君臨したカストラート・・・・・

カストラートの歌唱法に匹敵する第二期イタリア・オペラ黄金期の歌唱法とは?

それが「声帯の裏技」! アクート・アッポジャートの歌唱法です!!

この裏技こそが・・・・・・イタリア歌唱術なのです!


NEWS 【K-メソッド】のコンセプトが著書「美声を科学する」の中で紹介されました!

【アクート談義】 一通のメールからの出会い
今年の春先に日本の声楽界の権威のお一人からメールを頂きました。私のHPのアクート唱法に関する記載をご覧頂き、ご感心を頂いての内容でした。

早々にお時間を頂き、お食事をご一緒させて頂きながら「歌談義」に花が咲きました。

私の母校(洗足学園音楽大学)で長く教授としてご活躍していらした松尾篤興名誉教授からのお誘いでした。勿論、私が在学中・・・かれこれ30年以上前になりますが、その当時から教授としてご活躍の先生です。ただ、私自身直接的にはご教授頂いた時期や面識もございませんでした。本当に偶々・・・と言うご縁でした。

この度、松尾先生が執筆された著書の中でアクートに関する記載に、私のアクートに関するコンセプトを引用して頂ける機会を頂き大変光栄に、また嬉しく感じております。

歌唱法、発声法に関しては百人百様ある中、共感して頂けたこと自体・・・私には大変な驚きとそれを上回る喜びでした。

「非常に分かり易い!」・・・お会いして最初に頂いたお言葉です。嬉しかったですね・・・・今月の23日に発行されたばかりで、私も昨日から読み始めたばかりです・・・(*^^)v

松尾先生が芸大に入学されて、同窓の東敦子先生がイタリアのパルマ音楽院へ留学され・・・・、主流だったドイツ歌曲からイタリアベルカントへの過渡期のエピソードなど・・・。発声本としてだけではなく、大変楽しく奥深い内容となっております。是非ご覧頂きたい一冊です。




~アクート・アッポジャートの巨星達~

パヴァロッティから遡り、コレッリやデル・モナコ・・・・・・更にその前、今から100年ほど前・・・・
彼らの歌唱に多くの影響を与えたイタリアの歌唱のルーツが生まれます!
男声においてファルセットの高音域まで力強い歌唱を可能にした歌唱法?!
それが「アクート・アッポジャート」の歌唱術です!


アウレリアーノ・ペルティレ(テノール) パヴァロッティ、コレッリ等の歌唱の源流です!
 


アダモ・ディデゥール(バス) 曲終わりのアクートは驚愕です



【Lesson・Note】

真面目な生徒さんほど陥り易いトラップ! 「リリカ」はそこでは無い!

ベルカント唱法の本質はコロラトゥーラ!
警告! 発声法はカルト
アクートへの最短距離!
歌は「ほぼセンス」!
レッスンとは盗み取るもの!
オウム返しでは駄目! 
フェイク(作り声)ではだめ!
アクートの難しさとは・・・・・先に「声帯(脳)」が反応してしまうからです!
アクートは一代では・・・・・略、難しい!
国内のメソッドのダブルスタンダード!





~ 喉枷から放たれたアクートと言う裏ワザ!~


パサッジョ以降で過緊張に陥る声帯に「リラックスしろ!」 「もっと力を抜いて広げて!」

・・・・・・と言う机上の空論でしかないアドバイス

「いや、開くのではない!」・・・・・・と言って力ずくリキミッシモの喉声メソッド

このアドバイスではパサッジョ以降~高音域での「恐れ」「逃げ」への防衛本能には贖えないでしょ

ファルセットでも、ひっくり返ってもアウト・・・・・と言う自己暗示があなたの声を委縮させ・・・・

「開き声」か「力づく」の二つの選択肢しか見えなくしてしまっているのです!

あなたの声に、無意識の内に「喉枷」を掛けてしまっているのです

この自己暗示がために貴方の声は自由さを失ってしまったのです!

貴方が声楽を志すのであれば、この「真実」が・・・・・

あなたの声楽人生を180度違ったものに変えてしまう事に気付くはずです

もうパッサッジョ~高音域を恐れることは無いのです!

アクートは・・・・「ひっくり返った声」の向こう側にあるのです!!



~男性歌手の「HI-C」を可能にするアクートの「タネ明かし」~


想いの丈を全て声にぶつける・・・デル・モナコ、コレッリ

賛否あるけどボニゾッリ・・・、そしてシエピ、カップッチッリ

歌唱を芸術にまで高めたイタリアオペラの巨星達・・・

しかし・・・彼らのドラマティックな歌唱を可能にしたものは・・・ベルカント唱法ではなく!?

150年ほど前にベルカント唱法から派生した「アクート唱法」です!




ベルカント唱法は本来、カストラート(及び現在の女性歌手)の発声メソッドです。

故にベルカント唱法では換声点が顕著な男性歌手は、パッサッジョを超えると・・・

弱々しいファルセット(或は力尽くの喉声)にしかなりません

しかし、そのパッサッジョを超えて尚・・・

ファルセットの高音域までドラマチックな歌唱を可能にするのが「アクート唱法」です!

アクート唱法はベルカント唱法より発声に関するコンポーネントも多く・・・

更に高い歌唱技術が求められます

一言で言えば、ジラーレして閉じた声帯を「呼気圧で鳴らす技術」です!



しかしながら・・・物心ついた頃には既に会話し、歌も口ずさんでいた私達には・・・・

胸声(胸声)、もしくはファルセット以外の歌唱(発声)法は分からないのです

声帯が鳴る前に、100%・・・胸声で、声で歌ってしまうのです・・・!

故に、アクートをも胸声で取繕おうとし、パッサッジョが立ちはだかるのです!

それでも尚、どうしても胸声で取繕ってしまうのです・・・

しかしこれでは、アペルトか力尽くの喉声にしかなりません・・・

パッサッジョからは声で歌わずにアクートに切り替えるのです!!



【K⁻メソッド】

何故、多くの日本人男声歌手がベルカント唱法を学ぶもアクートの習得に足踏みしてしまうのか?

それはベルカント唱法とアクーt唱法は真逆のメソッドだからです。

ベルカント唱法を学んでも男性がアクートの歌唱技術を習得することは非常に困難なのです。

換声点での声帯の操作が全く逆だからです・・・。

そして・・・

女性歌手が胸声から頭声へ移行してベルカント唱法で歌うように・・・・

男性は胸声からアクートへ移行してアクート唱法で歌わなければならないのです。

しかし、ベルカント唱法における女性歌手の胸声から頭声への移行に比べ

男性歌手における胸声からアクートへの移行は、格段に難しい歌唱技術を要求されます。

何故、それ程の難しさが求められるかと言えば・・・

アクートは胸声の発声方法とは全く異なったプロセスで発せられる「音声」だという事実です・・・

つまり、アクートは声では無いと言う事です!

国分 博文(バリトン)
アンサンブル・ヴォッリオ主宰。福岡県久留米市出身。洗足学園大学(現、洗足学園音楽大学)音楽学部声楽科卒業、安部順子(旧姓 佐野順子)氏、故 安部嘉伸氏に師事。1996年~1999年、イタリアのローマに留学、Eugeno Lo Forte、Laura Didier Gambardeellaの両氏に師事。1997年夏、イタリアのラツィオ州におけるLago di Bracciano音楽祭参加。1999年6月、ローマの聖エリージオ・デ・フェラーリ教会でリサイタルを行う。第3回「長江杯」国際音楽コンクール入賞。第9回太陽カンツォーネコンコルソ入選。2003年にアンサンブル・ヴォッリオを結成、首都圏を中心に全国各地で活動中。その音域の広さからコンサートではバリトンからテナーのアリアまでカバー。





【K-メソッド】 ベルカント唱法(女性)とアクート唱法(男性)の違い

実際には対極にあるこの二つの歌唱法を「ベルカント唱法」と言う概念で一括りにしてしまった日本の声楽教育がもたらした弊害はあまりにも大きい・・・

喉を「開ける・広げる」はベルカント唱法です。アクート唱法はその逆です・・・前提としてパッサッジョ域では開けてはいけません。開けていてはアクートにはなりません。閉じた状態の声帯の間を呼気を通過させて鳴らす。会話や胸声歌唱による声帯の振動とは全く異なったプロセスから成り立つ歌唱法です。

【ベルカント唱法】

パッサッジョ域でジラーレすることにより胸声から頭声への移行がスムーズに行えるカストラートや女性歌手の歌唱法。アッポジオ・テクニックが基本となります。

18世紀、第一次イタリアオペラの全盛期に君臨したカストラートの歌唱法の流れを汲む歌唱法と考えられます。そしてその歌唱法は女性歌手によって受け継がれてきたようです。

【アクート唱法】

そして古典ベルカント唱法に遅れること150年(推定)、19世紀半ばに現れたヂュプレの頭声を使わないドラマチックな歌唱が聴衆の心を捉え、カルーゾ以降、イタリアオペラの主流となっていったようです。

換声点の顕著な男性歌手は、パッサッジョ域でジラーレしてもファルセットにしかならないため、もうワンステップが必要になります。これがキューゾです。要するに喉を「開く」「閉じる」を同時にやる様なものです。ベルカント唱法よりも更に高い技術が求められます。

そして最も大切なのがアッポジオ(支え)です。この支えが無いが故にパッサッジョが苦しくて開けてしまったり、逆に力尽くで飲み込んだ強烈な喉声になってしまうのです。要するにどちらも喉声になってしまいます。

そして何より根本的な原因はアクートを声の作為で行おうとするところにあります。アクートは地声の操作からは生まれません。胸声の延長では無いという認識から始めることが大切です。

アクートは胸声とは全く異なる増幅された響きと感情の高揚を表す強烈なビブラートが特色です。録音してみると・・・いくらピークを抑えても振り切れてしまうほどです。また表示される波形(声紋)も胸声の波形とは著しく異なります。

【K-メソッド】

アクートは実音で伝えるべきです。ネットでテナーのアクートを2~3度下げて見本とするレッスンやファルセットで教えるレッスンがありますが、これは「アクートは歌えません・・・」と教師自身が言っているようなものです。教師、トレーナーは実音で歌える技術をもって然るべきです。
【テナー・バリトンバージョン】



【バリトンバージョン】










アクートの原理は単純です・・・

しかし、残念ながら技術だけでは習得できないのがアクートです

何故なら・・・アクートは歌iい手の「琴線」の鼓動の延長だからです

歌手自身が「琴線」に触れずして・・・アクートどころか歌唱すらあり得ない!

目は口ほどにものを言う・・・否、声は目ほどに透けて見えるものです・・・

アクートなど聴かずとも「最初の一声」で如何程か透けて見える・・・歌の怖さ!

声でどうにか・・・技術でどうにか・・・成るものでは有りません

その時「感じているか・・・」で決まります

歌い手の「オーラ」と共にアクートの技術は研ぎ澄まされて行く様です


非常に感覚的ではありますが・・

声と歌のベクトルが同じ方向を向いているうちはアクートは困難です

すなわち、声色の操作からはアクートは生まれない・・・と言うことです

喉から声を外す術を知って・・・初めてアクートは可能となります・・・



~ 声種に関り無く!ファルセットの高音域までアクートは広がります!~

【K-メソッド】 胸声とアクートによる“Hybrid 歌唱法”

 驚異的に高音域を広げるアクート唱法とは・・・言うなれば喉を「開ける」事と「閉じる」事を同時に行う事です。これは日常生活における声帯の振動(会話)とは全く異なります。ジラーレ・キューゾ・パッサッジョ(呼気の通貨)のバランスから生まれます。

それを声の操作で取り繕うとすればする程、換声点(パッサッジョ)が際立ち、アクートは遠くなってしまいます・・・、従って苦し紛れのアペルト(開き声)か真逆の力尽くの喉声・・・もしくは最初からファルセット擬きの誤魔化し・・・になってしまうのです。

イタリアのコンセルバトーリオのヴォカリッツィ(発声練習)は所謂古典ベルカント唱法です。これは女性歌手には有効ですが、男性歌手が学ぶべきはアクート唱法です。



【K‐メソッド】 パッサッジョを超える為のジラーレ、キューゾのテクニック

【ジラーレ・キューゾの練習(high-D)】

音域が上がっても力尽くにならず、力を抜いてジラーレしながらキューゾして行きます。その延長線上がアクートです。


【ベルカント唱法】

女性のベルカント唱法においては、パッサッジョ域から頭声への意向はジラーレすることで自然にシフトチェンジが可能です。

【アクート唱法】

男性の場合、パッサッジョ域でジラーレしただけではファルセットになってしまいます。そこでキューゾの技術が必要となってきます。

左の音声ファイルの音階練習はパヴァロッティやドミンゴ等、多くのオペラ歌手がウォーミングアップに使用するものです。ポイントは音階を歌う際に喉を詰めて歌うことなく、ジラーレしながらパッサッジョ域を迎え、それ以降はキューゾした声帯の間を呼気を通過させ鳴らして行きます。先ず、力を抜いて行う事が大切です。

この柔軟性をもって初めてアクートの歌唱は可能となります。

後半のアリア「空と海」では、パッサッジョ域より上の音域でキューゾ状態の声帯の間を勢いよく通過する呼気が声帯をならしアクートに変わっていくのがお分かりいただけると思います。


【ジラーレの実践】







【ジラーレ】

バス・バリトン・テナー・・・声種にかかわらず歌唱の大半はジラーレした上のポジション(胸声域の上のポジション)で歌われなければなりません。

パッサッジョ域はこの「胸声域の上のポジション」を保ったっまま通過します。そこで初めて、パッサッジョ域を超えて「胸声域の上のポジション」がアクートへ移行されて行きます。

この「胸声域の上のポジション」とは喉から離れた声の事です。多くの日本人歌手がアクートの習得に足踏みしてしまう最大の理由は・・・

概念的なベルカント唱法が独り歩きした・・・パッサッジョでは喉が過緊張に陥るから「広げなさい!」「リラックスしなさい!」と言う短絡的な指導による部分が大きいと感じます。

喉声の延長でパッサッジョを歌っている限り、「軟口蓋を上げようが、広げようが・・・」「リラックスしなさい・・・」と指導しようが、人の生理として必ず過緊張に陥ります。自転車で左に曲がるのに「右に重心を掛けて曲がれ!・・・」と指導することと同じです。

パッサッジョを広げて通過しようとする事と「ジラーレ」は別物です。

左記の楽譜はイタリアの典型的なベルカント唱法の発声練習です。

着目すべきは、1オクターブの跳躍の音は全てジラーレされた声です。ここが最も重要なポイントです。

ここをジラーレでなく、開いて通過するから「開きっぱなし」でアクートに集約されないのです。

ジラーレが自然にできるようになるとアッポジオの感覚が育ってきます。それに寄り掛りながら歌う事で自然にアクートが生まれてくるのです。




~ 男性のファルセット域で「鋭く突き抜ける」・・・アクート唱法 ~


バス・バリトン・テナーが学ぶべきはアクート唱法です!

もし貴方が、真剣にアクート唱法の習得を目指すのであれば・・・

「アペルト」か「力尽くの喉声」で妥協したくないのであれば・・・

アクートを習熟し実践してもらえる男性教師に学ぶことが鉄則です!

さもなくば、模索のうちに数十年を棒に振る可能性もあります

教師はファルセットで誤魔化すのではなく、実声で声を削って教えるべきです・・・

さもなくば、模索のうちに一生を棒に振る可能性もあるからです!

酷な言い方かも知れませんが・・・

学んでも出来ない人も多いのがアクートの歌唱法です

真剣に向き合えば向き合うほど・・・悶々とした時間を過ごしがちです

お気軽に最下段のアドレスまでご質問下さい・・・




【K‐メソッド】 飛躍的に高音域を広げるアッポジオ・テクニック


~アッポジオの実践~

フレーズの終わりのブレスでアッポジオが生まれ、それに寄り掛ることで自然にアクートが生まれ高音域を強力にサポートします!

ベルカント唱法とアクート唱法の違いについて述べて来ましたが・・・唯一共通し、しかも最も最も重要な技術がアッポジオです。ファルセットの高音域までアクートが広がります。

【アッポジオ(寄り掛り・支え)】

歌唱の基本は腹式呼吸・・・とよく言われます。横隔膜を下げ、下腹に力を入れて背筋を意識しながら息を吐く。付随して丹田・恥骨・咽頭引下げ筋・・・etc. 一声出すのに様々な器官に意識を張り巡らし・・・残った意識で歌も歌う。そして歌い始めた声が「喉声」であろうものなら・・・まったく腹式呼吸と結びつかない。

アッポジオとは作為的な力みや力尽くの腹式呼吸ではなく、ブレスの度に「声の支え処」を生み出す呼吸の循環です。フレーズの最後まで想いを残し、次のフレーズが見えて来た瞬間・・・空気が流れ込む(ブレス)の感覚が大切です。


但し、これは「喉声」で歌っているうちは自覚できません。安易に喉声で歌わない歌唱センスも必要です。喉から声を外す感覚が「自覚できる」ことが前提となります。

アッポジオによりかかる事で・・・パッサッジョ域を超えると自然にアクートが生まれ、飛躍的に高音域が広がります。




《 パッサッジョ(パッサージョ) 》

女性歌手がベルカント唱法で胸声から頭声へのなめらかな移行を可能にするのに対し

ベルカント唱法では胸声から上はファルセットになってしまう男性は・・・

ファルセット域までも胸声で処理しようとし・・・パッサッジョが生じてしまいます

重要なのはジラーレとキューゾのコンビネーションでパッサッジョを生じさせない事です!

~ワンポイント・アドバイス~

  パッサッジョ・テクニック Ⅰ  パッサッジョの通過方法・・・声で歌ってはダメです!
 パッサッジョ・テクニック Ⅱ
 パッサッジョ・テクニック Ⅲ



【 K-メソッド 】 胸声とアクートによる“Hybrid”歌唱法

~「声帯を鳴らすコツ」からアクートへの実践 ~


アクートはコツ、そしてタイミングです! 奥義でもなく、難しく考える必要はありません!

躍的に高音域を広げる「アッポジオ」・・・しかしながら観念的な腹式呼吸とは全く別物です!


バス、バリトンだから高音が出ないのではなく、アクートすれば音域はテナーと同じです!

いわゆるパッサージョ音域は意識する必要はありません。下記【K-メソッド】をご参照!

パッサージョは難しい・・・、結局まだ喉声で歌っています。歌うのではなく「鳴らす」のです!




アクートのタネ明し・・・


“ アクート・・・それは「換声点」のマジック!“

“ そして・・・あなたの高音域は声種に関り無く驚異的に広がります!“

“ そして・・・それは力ではなくジラーレとキューゾのタイミングです!“


~アクートに関する多くのご質問を頂きます~



その都度メールにてご返事をさせて頂いておりますが、

文章での説明には無理がある為、動画・音源をアップしてみました


アクートの鉄則は「声で操作しない」事です。そして・・・

アクートを難しくする要因は、その人の「歌」「声」に関する感じ方にあります!


器楽の勉強の第一歩は音・音色のイメージへの追及です

しかし、歌の勉強は音・声色の追求だけでは終われません

オペラ黄金期の歌手たちの歌は・・・その声以上に・・・

聴衆を圧倒する想い、説得力の賜物です!

これを声色だけを真似て云々は・・・ズバリ「オタク」です。

ネタ(声色)は盗めど芸(歌)な盗めず・・・話芸の世界と同じです。

歌・声と共にあなたの心が震えるか!悲しいか!嬉しいか!・・・

高倉健さんの言葉です・・・

あなたの歌(つまり台詞)に「滲み出る想い」があるかです!?

そして聴く者に「また聴きたい!」と感じさせられるかです!

バスティアニーニ、カップッチルリ・・・パヴァロッティ・・・

押し並べて彼らの声は・・・歌う喜び、演じる喜びに溢れています。

お笑いは飽きれども、歌は聴くたびに嬉しい・・・

声だけの歌手は飽きれども、迸る想いはいつも眩しい・・・

そんな歌を大切にしたいものです!

このことが歌手にとって最も大切なことに思えます。

アクートは必ず後からついて来ます!



【イタリアンテナーの奇跡】


必聴!・・・ホントに嬉しくなりますよ! 凄いです・・・

マエストロ、ロフォレーゼ92歳 「見よ恐ろしい炎を」

マエストロ、ロフォレーゼ90歳 「誰も寝てはならぬ」


Angelo Loforese 若かりし頃の「衣装を着けろ」・・・圧巻です



【 K-メソッド 】 アクートのタネ明かし

アクートは「ジラーレ」と「キューゾ」のタイミング、そして・・・

「パッサッジョ(息の通過)」とのバランスです

イタリア・ベルカントの奥義でも難しい技術でもありません

適切なトレーニングで誰もが修得可能な歌唱技術です!


【動画】「アクートの実践」テノール・バージョン「higtC」


【動画】 アクートの原理 ジラーレ+キューゾ+パッサッジョ(通過)

※、声種がバリトン(私)なので少し声を軽く、明るく歌っています



「ソプラクートとアクートが結びつかない」と言うご質問頂きましたが・・・


結局ここにアクートの歌唱法の習熟度が現れます!

パッサージョ域の力尽くの喉声をアクートと称する声では
「higtC」はソプラクートと称しファルセットでしか出せません!

それでは何故、男性歌手の「higtC」以上の歌唱が可能になるのか・・・
それがアクートの歌唱法です!

一旦、換声点でジラーレするからこそアクートは「higtC」まで達するのです!

アクートがソプラクートと繋がらずギャップが生まれるのは・・・

ソプラクートと称しファルセットになってしまうのは・・・

残念ながら・・・アクートではなく喉で繕った「声真似」と言う事になります

アクートは高音に行くに従って声量・響きを増していきます!

力ではなく、要はジラーレとキューゾのタイミングです

動画、音声ファイルにてその違いがご理解頂けると思います



~テノールバージョン~  音源 アンサンブル・ヴォッリオ  (Br 国分博文)

【音声ファイル】 「アクート・アッポジオの実践」  「誰も寝てはならぬ」

※、声種がバリトン(私)なので少し声を軽く、明るく歌っています



~アクートの本質は胸声(地声)とは全く異なる「響き・輝き」です~


生まれながらに無意識で発してきた胸声の喉発音とは全く異なります。

それを悟らず、地声のまま歌おうとするとパッサッジョが立ちはだかります

結局、パッサッジョを回避するために「開いた喉声」になるか・・・

力尽くで押し殺した「ドリンキング・ボイス」=「詰めた喉声」になるか・・・

どちらも「喉から声が外せず」・・・結局は生まれながらの喉発音です

声楽を「声・声色」として捉えがちな私達日本人が陥り易い誤りです

声楽は「歌」と捉えて初めてアクートの本質が見えてきます!



~バス・バリトンバージョン~
  音源 アンサンブル・ヴォッリオ  (Br 国分博文)

【動画】 カップチッリのアクート・アッポジオテクニックの解明!!

【音声ファイル】 「アクート・アッポジオの練習」  バス、バリトンバージョン

【音声ファイル】 「アクート・アッポジオの実践】  「哀れみも誉も愛も」



【掘り出しYouTube】

ボルドーニ、カップッチルリのガラコンサート

全盛期は越えても・・・ボルドーニの歌は素晴らしい!



【 バリトン・バスのアクートの実践】


【動画】 K-メソッド バス・バリトンのアクート・アッポジオの実践


バス・バリトンは他の声種に比べて換声点(パッサージョ域)が顕著なため、
アクートに関してはある意味、テナーよりも難しい部分もあるかもしれません。

それ故・・・このパッサッジョ域に過度に囚われ過ぎる傾向にあります。
何とかこのパッサッジョを乗り越えよう・・・と言う意識が強すぎるのです。
強いて乗り越えようとすればするほど・・・
男性歌手の「性(さが)」=パッサッジョは立ちはだかります。
パッサッジョは声で 操作しようとすればするはど・・・立ちはだかります。

結果として・・・苦し逃れにパッサッジョ域を開いてアペルトで誤魔化してしまう。
誤魔化し・・・とは言わないまでも・・・
喉を「開く」と言う指導が定着してしまっているようです。
しかしこれではドラマ・感動の薄い開き声になってしまいます。
一言で言い表すのは難しいのですが・・・
パッサッジョは開いてはいけません。

あるいは・・・パッサッジョ域を力尽くで抑え込んだ強烈な喉声・・・
この場合、息の流れが完全に止まってしまい、声色だけになってしまいます。

バス・バリトンのパッサッジョ~アクートにかけては
アッポジオに寄り掛りながら越えていくことが大切です。

アッポジオはブレスと同じタイミングで生まれてきます。
上記の動画のオクターブの跳躍練習(ド~♭シ)で具体的に実践しています。

このアッポジオに寄り掛っていくことでパッサッジョ域を力まずに通過できます。
更にパッサッジョ域に達すると声の響きが変わりアクートになっていきます。
バリトンの私は上の「ミ」の音からアクートになります。
明響きが増幅され、音色が変わっていくのをご理解いただけると思います。

バス・バリトンのアクートはパッサッジョ域にこだわりすぎることなく、
アッポジオ=「支え・寄りかかり」を実感し、具体化していくことが大切です。

ただ、このアッポジオは観念的な腹式呼吸とは別物です。
意識でお腹を膨らませたり、下腹部に力を入れたり・・・等の操作ではありません。
ブレスのタイミングでアッポジオになってしまう・・・ここが大切です!



~テノールバージョン~  音源 アンサンブル・ヴォッリオ  (Br 国分博文)

【音声ファイル】 テノールバージョン「冷たき手」 high-C

【音声ファイル】 「アクート・アッポジオの実践」  「星は光ぬ」


※、声種がバリトン(私)なので少し声を軽く、明るく歌っています



イタリア人マエストロのレッスンでは「開けて、広げて」が飛び交いますが・・・

アクートを声色の操作として捉えがちな私達日本人はそれを鵜呑みにして・・・

喉を広げて、息を通して・・・結局は開いた密度のない喉声で歌ってしまうか、

パッサージョ域を力尽くで押し殺し、結果は声真似だけのアクート擬き・・・

残念ながら、どちらも結局は「喉から声を外せない」喉声でしかありません!

ここを間違えるとアクートは絶対に生まれません・・・・

ジラーレ+キューゾがあって、その後に「開けて、広げて!」の必然があります!


国内の動画ではファルセットを「アクートの練習」と称し・・・

アペルトで無感動な声をドイツ唱法云々、ベルカント唱法と称し・・・

パッサッジョ域で力づくで締め付けた喉声をアクートと称し・・・

残念ながら・・・その多くはベルカントでもアクートでもありません!




【19世紀半ばに袂を分かち合ったイタリア・ベルカント唱法】


女性歌手によって現代に受け継がれた古典的「ベルカント唱法」に対し

男声歌手の高音域は繊細なファルセットから力強いアクート唱法へ変貌し

胸声と力強いアクートによる言うなれば「ハイブリッド・ベルカント」が定着します

ベルカント唱法の歌唱法と概念の混沌はここから始まった様です

しかし、2つのベルカント唱法が存在する事を知れば・・・

学ぶべき方向は自ずと見えてきます



【 アクートの「タネ明し」・・・原理は単純です! 】


換声点より上で・・・裏声の状態(ジラーレ)で声帯を閉じ(キューゾ)

閉じた声帯の間を鋭く(アクート)息を通過(パッサッジオ)させる

その際に生じる「息の通過に伴う声帯の振動音」がアクートです!

加圧した呼気で唇を振動させ発する金管楽器のハイノートと同じ原理です

それ故、いわゆる胸声とは異なり明らかに響きもエネルギーも増幅されます

更に、アクートはジラーレの延長ですので決してひっくり返りません

テノール、バリトン・バスでアプローチの違いはありますが原理は同じです

ファルセットの高音域までアクートは広がります・・・

必ず一度は腰を据えて取り組まなければならない歌唱技術です

音大卒業後・・・デビュー以前、イタリア留学前に修得すべき最優先事項です



【K-メソッド】 日本人の為のベルカント発声法 ~

イタリア・オペラの名歌手にはその全盛時代より現在に至るまで、「アクート派」と「持ち声派」の歌手が混在して来ました。そして現在、正統なベルカント唱法の流れをくむ「アクート派」の歌手達のほとんどが・・・故人となってしまいました。非常に残念なことです。

その様な現実の中、イタリアでの声楽の研鑽の際に「アクート派」のマエストロを探すこと自体が困難になって来ている様に感じます。

イタリア・ベルカントのヴォカリッツィ(発声練習音階)は恐らく現在も・・・何処の音楽院でも、同じようなヴォカリッツィでの指導が行われていると思います。実際に、私がローマで受けたレッスンは、パルマ音楽院のヴォカリッツィとほぼ同じものでした。

ただし、ヴォカリッツィの捉え方が「アクート派」と「持ち声派」では天と地ほど違うのです。さらにレッスンでは「diaframma(横隔膜)」「passaggio(息の通過)」「appoggio(支え)」から始まり・・・「occhi(目)」「apri(開けて)」等のアドバイスが飛び交います。

しかし、最も大切なことは決して表面的な表現を鵜呑みにしない事です! 特に「diaframma(横隔膜)」や「apri(開けて)」はベルカントの真骨頂であるアクート、パッサージオの歌唱の修得における重要なキーワードとなりますが、それを作為で単純に行っても空中分解してしまいます。

結局、この2つのキーワードを概念ではなく根拠として捉えられるか否かでイタリア・ベルカントは決まってしまいます。私の研鑽時代にも日本人を始め多くの東洋人(韓国人、中国人)の学生がいましたが、残念ながら・・・結局、パッサージオを越えてアクートへ繋げられる学生は極めて少数でした。

原因は根拠のない「概念的な腹式呼吸」と「声を開けてしまう」事によるものです。「アッポジオ(支え)」と概念的な「腹式呼吸」は全く別物です。そして単純に「開ける」・・・の延長上にはアクートはありません。

【K-メソッド】では多分に感覚的なイタリアのマエストロの言葉を「日本式」に噛み砕いてみました。



【アクートを妨げる4つの理由】



~なぜ、日本人男性歌手はアペルト傾向になってしまうのか?~

イタリアで学んだマエストロが「持ち声派・アペルト系」だった可能性もありますが、一言でいえばアクートの部分を「地声」で処理しようとするからです。結局はアクートになり切れず、手っ取り早く「地声を薄く開いて」ごまかそうとするからです。

~愚直にパッサージョに囚われ過ぎるバス・バリトン~

これは初心者のバス・バリトン歌手に多く見受けられます。音階を愚直に下から上がって行き、パッサージョ域をフィジカルに閉じ過ぎてしまうパターンです。本人はアクートのつもりですが息の流れも、音楽も、止まってしまっています。「音耳傾向〔下記参照〕」の歌手に有りがちな傾向です。

~なぜ、ファルセットはアクートと成り得ないのか?~

ネット上の動画でも見聞きしますが、全くこれはアクートとは別物です。アリアのここ一番聴かせどころはファルセットでは通用しません! 結局イタリア語の語源の「falso」=「嘘」でしかありません。ヴェルディ、プッチィー二が要求しているのは「アクート」です。

~アクートを学ぶ大前提~

カルーゾ、デル・モナコ、パヴァロッティ、バスティアニー二、カップッチッルリ・・・等々、擦り切れる程聴いても(レコード時代で失礼・・・)出来ないのがアクートです。様々なサイトで「アクートのお手本」・・・の様に巨星達の声がアップされていますが・・・それを聴いても出来ないのがアクートです。「百聞は一聴に如かず」・・・まず、あなたが歌いたいアリアを傍らでアクートで歌ってくれる先生を探す事から始まります。




【 BLOG 】

~アクートの鉄則~

「抜かない!引かない!ごまかさない!!」・・・がアクートの鉄則です。ここ一番のアクートの聴かせどころでの「アペルト」は白旗、「ファルセット」は敵前逃亡です。

~何故、ファルセットがアクートとして通用しないかと言うと・・・~

結局、ファルセットには性別がないからです。若しこれが器楽であるのであれば問題はありませんが・・・オペラの登場人物には性別があります。男性か女性のいずれかでなければ違和感があります。聴かせどころのアクートではあくまでも男性でなければ不自然です。

~「ドヤ声」~

「ドヤ」が抜けて「声」は初めて人の心に伝わります・・・伝わるのはその人の「歌う喜び」だけです。下記の「パヴァロッティたる所以」がその極みです。

~バス・バリトンだから・・・~

「A」がアクートの限界・・・と言うのは技術的・メソッド的な誤りです。正確には本人が歌えるファルセットの音域までアクートは広がります。

~リラックス?~

よくある質問ですが・・・、はっきり言って脱力・弛緩ではありません。演劇、歌舞伎の俳優と同じです。解り易くいえば役に入り込むことで自由になる・・・これがとりも直さず歌唱に於けるリラックスです。マンリーコの「hi-C」で目を剥いたテナー・・・それも「リラックス」です。そして、もう一つ付け加えて・・・、この「hi-C」の伸ばしで一番気持ちいい人は・・・・そのテナー自身です。


アクート・アッポジオの原理と実践

あくまでも「抜かない!引かない!ごまかさない」・・・がアクートの鉄則です。たまに見聞きをしますが・・・ここ一番のアクートの聴かせどころでの「アペルト」は白旗、「ファルセット」は敵前逃亡です。いっそ地声と自意識で張り上る方が・・・まだ共感はあります・。

結局、「アクート」に必要な要素は聴く者を「共感」させるエネルギーです。「抜いて・・・、引いて・・・、ごまかして・・・」では歌に限らず共感もへったくれもありません。

ここからアクートは始まります。しかしながら地声と自意識で張り上げられないのがアクートです。なぜならアクートは「換声点」より上の音域でしかアクートしないからです。たとえば仮に「換声点」が無く、超高音域まで地声で歌える幸運な歌手がいたとします・・・、しかしながら彼にはアクートは歌えません。結局、アクートは「換声点」の上に存在するからです。

要するに、アクートは地声の延長ではないのです・・・・、と言う事は、アクートの感覚は日常生活や日常会話にはない感覚なのです。

一言でいえば「声帯を鳴らす」感覚です。では人は何故「声帯を鳴らす」感覚が分からないかと言うと・・・、結局は物心がついたころには既に無意識に会話(声帯を振動させて)しているからです。声帯を無意識に振動させて既に会話している私達には「(会話などで)無意識に声帯を振動させる」事は出来ても、意識的に「声帯を鳴らす」感覚は非常に想像しがたい感覚なのです。

縦しんば「声帯を鳴らそう」・・・としても・・・結局、「無意識に(会話の時と同じように)声帯を自意識で振動させてしまう」からです。

イタリア・ベルカントの歌唱法はまさに「声帯を鳴らす」テクニックに尽きます。この歌唱技術が不十分なために聴かせどころのアクートが「アペルト」や「ファルセット」などに変わってしまうのです。聴衆にも「一聴瞭然」ですが、プロ歌手である本人が一番痛感しているはずです。

アクートにもいろいろあります・・・テナーのいわゆる「胸の空くようなアクート」に対し、バリトン・バスの「凄味のあるアクート」・・・燻銀の様なその声と卓越した演技力で千両役者も多いパートです。

また、テナーのアクートとは違った難しさもあります。バリトン・バスのアクートはパッサージョ域のすぐ近くにあり、ともすれば地声・喉声に任せて「アクート・気張リッシモ」に陥りがちです。またその反対に聴かせ所で開いてしまい、声のエネルギーが拡散し、説得力のない声になってしまう逆の傾向もあります。共に有りがちな傾向です。

特に陥り易い誤りの「アクート・気張リッシモ」の場合は一聴瞭然! 一様にそれらの声は音楽も息の流れも喉で止まっています・・・要するに喉に支点があるからです。支点を置くのはあくまでもアッポジオです。

正しいアクートはメソッド上でキューゾしていても想いの息吹が迸ってきます。(解り易く言い換えれば、想いがビブラートを超えてトレモロとなって迸ってきます。)

しかしながら、喉で作ったアクートは音楽も息の流れも止まっていて「一見・・・らしい声、ガードした声」しか聞こえてきません。要するに感動が伴わない、寄り添えない声になってしまいます。

声楽の醍醐味は「立派な声.」にあるのではなく、「人の声」にあるように思います。名歌手達の声の裏には聴衆をひきつける「人の声」があります。それが声楽の素晴らしさです!

メソッド的には喉に支点を置くのでなく、アッポジオに支点を置くことが大切です。アッポジオに寄りかかることにより、レガートと声の柔軟性が生まれます。そしてアッポジオは所謂「梃子の応用」です。この梃子を使って少ない力でアクートを生み出します。

【バス・バリトンバージョン】

【音声ファイル 「アクート・アッポジオの練習」  バス、バリトンバージョン (最高音C→B)】   仮に途中で声が詰ったり、ひっくり返る様であればそれはアクートではなく、いわゆる喉で押えた「喉声」で歌っています。アッポジオに寄りかかることにより声はパッサージョ域でアクートに変わり、パッサージョを越えて脅威的に音域が広がっていきます。これこそがイタリア・ベルカント歌唱法の大前提となるアッポジオです。

【音声ファイル 「アクート・アッポジオの実践】  「哀れみも誉も愛も」 ~マクベス~

【音声ファイル 「アクート・アッポジオの実践」  「プロローグ」 ~道化師~

【バリトン・テノールバージョン】

音声ファイル 【アクートの練習 バリトン、テノールバージョン (最高音E→highC)】   仮に途中で声が詰ったり、ひっくり返る様であればそれはアクートではなく、いわゆる喉で押えた「喉声」で歌っています。正しいアクートだけがパッサージョを越えて脅威的に音域を広げてくれます。初めの内はパッサージョ域でジラーレとキューゾを同時に行う感覚が分りにくいと思いますが、これこそがイタリア・ベルカント歌唱法の大前提となります。

音声ファイル 「アクート・アッポジオの実践」  「誰も寝てはならぬ」 ~トゥーランドット~

音声ファイル 「アクート・アッポジオの実践」  「星は光ぬ」 ~トスカ~

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【アクートのコツ】

喉に支点を置いて支えると必ず音楽と息の流れが止まります。喉に支点おいた声門圧迫と音楽(息の流れ)は反比例します。あくまでも「ジラーレ」→「キューゾ」・・・そして声の支えは必ずアッポジオで捉えることが大切です。




【残念ながら・・・歌は歌唱技術だけでは解決できません!】

確かに歌唱技術の修得は大切ですが、それだけで解決できないのが声楽の奥深さです。

嬉しそうな子供達の声が聞こえれば楽しくなり、悲しみに震える声を聴けば居た堪れなくなります・・・「声」の力です。それは言葉の伝達によるものではなく・・・言わば「直感」です。

この聴衆の「直感」に訴えるテクニックは歌唱技術云々では言い表せません。「音楽表現」と言った生ぬるいものではありませんし・・いわんや立派な声でもありません。

結局は聴衆の「直感」に訴えるものがない故に・・・安っぽい音楽表現になったり、立派な声だけになったりするのです。

結局、「ウソ」っぽく聞こえてしまうのです。聴いていても嬉しくも悲しくも・・・痛くも痒くも何ともないんです。

役者のセリフには音楽・メロディーが無いため「声(セリフ)」だけが勝負です。その「声(セリフ)」を発するために・・・俳優は自分と対峙し、嘘偽りのない、滑らない「声(セリフ)」を吐露します。これは技術では説明できません・・・役者がその刹那にそう感じる事が全てです。

歌う刹那にそう感じることが全てです! そう感じえないから歌が「滑って」しまうのです。「今、滑った・・・」と自覚出来るうちはまだしも、自覚出来なくなったら手遅れです。

俳優が演じる喜びを感じながら演じるように・・・歌手も歌う喜びを感じながら歌うことが大切です。

なんとなく音楽的表現に感けていませんか? 立派な声だけが独り歩きしていませんか? 間奏の間に白けてませんか?・・・間奏も演奏の一部です。

そして何より歌っていて自分自身嘘っぽくありませんか・・・?

先日、テレビで「紙芝居」をテーマにしたドキュメンタリーをやっていました。確か・・・寝たきりの息子さんの笑顔が見たくて紙芝居を始めたある「お母さん」の話でした。ドキュメンタリー自体、胸の熱くなる内容でしたが、私が感銘を受けたのはその「お母さん」に紙芝居の手解きをした「お師匠」の言葉でした。 

「紙芝居を読む時は上機嫌でやれ!」・・・・・歌もまた然りです。



【K-メソッド】 ~ベルカントは既にあなたの声の中にあります~


強力なアッポジオ(息の支え)により驚異的に高音域を広げるベルカント発声法。通常、声楽発声法の「い・ろ・は」の「い」と言えば腹式呼吸から始まります。しかし「腹式呼吸」に関する方法論のみでも甲論乙駁の諸説があります。

一般的に腹式呼吸で言われる・・・胸を上げずに横隔膜を下げて・・・お腹を広げて緊張を保ったまま・・・などの様にレントゲン検査そのものから・・・。

「声の出し方」となれば・・・「舌を下げる・・・いや、上げる!」「声を当てる・・・いや、曲げる!」・・・「力を抜いてあくびのように喉を広げて」・・・となる頃には「歌う」どころではなくなってしまいます。

しかしながら・・・それら全ての指導は間違っている訳ではありません。では、なぜ「歌」どころでは無くなってしまうのか? それは一言でいえば「現象・結果」から入るからです。

「K-メソッド」では発声法における様々な矛盾を解きほぐしコツとしてまとめました。「大切な物」はコンパクトに纏めて持ち歩ける大きさがベストです!


~呼吸法に関するアプローチ~

重要なのは強力な「アッポジオ(支え)」を作ることです。これはよく言われる「腹式呼吸」とは別物です。ベルカント発声に必要なのはアッポジオであって腹式呼吸ではありません。そして声楽を志す若い声楽家の躓きは、「アッポジオ」の習得ではなく誤って、多分に抽象的な「腹式呼吸法」を習得しようとするところにあります。

人類の大半は既に腹式呼吸をしています。概念的な「腹式呼吸論」からはベルカントは生まれません。「リラックスして喉は開いて・・・お腹で支えて・・・」はウソと言えば語弊がありますが比喩です。現実的ではありません。

そして普段、何気なく呼吸をしている、歌っている「あるタイミング」からアッポジオは生まれます。


~パッサージョに関するアプローチ~

一般的には「パッサージョ音域」 = 「チェンジ」「換声点」等と言われ、そこを越える為の技術は非常に難しいとされています。しかしK-メソッドでは「パッサージョ」自体がありません。そのためのアッポジオなのです。「地声で越えようとするからパッサージョが存在してしまう!」・・・と考えたほうが早道です。


~アクートに関するアプローチ~

一言でいえば閉じた左右の声帯の間を呼気が通過する際に発せられる「通過音」「振動音」です。ダブルリード楽器のオーボエやファゴットの二枚のリードや金管楽器のマウスピースの上下の唇の間を呼気が通過する際のそれと同じです。オーボエやファゴット、金管楽器奏者の方々は習得当時、音を出すこと自体がいかに困難であったかをご存知のはずです。

アクートは「通過音」「振動音」です! バリトン、バスだから高音が出ないのではありません・・・繰り返しになりますが、地声・喉声で歌うからパッサージオが存在してしまうのです。アクートで歌う事で飛躍的に高音域が広がります。

K-メソッドでは「声帯の鳴らし方」 = 「アクート」の原理をコツとして具体的に実践していきます。




【 パヴァロッティたる所以 】

「キング・オブ゙・ハイC」と謳われたルチアーノ・パヴァロッティの若かりし頃の歌です。彼の歌の中で私が最も好きなものの1つです。

打ち震える心の琴線が切々と伝わってくるこの歌声・・・その並々ならぬ熱い想いで満たされた歌声に「キング・オブ゙・ハイC」以上の凄みを感じます。

決して声だけを表に出さず、打ち震えるハートだけが伝わってきます・・・最後のアクートも然り。これぞベルカント・・・いや、歌唱の神髄です。

ともすると「立派な声」「大きな声」に走りがちなものですが、「想い」を置き去りにして先走った「立派な声」「大きな声」は野球で言う「空振り」です。良い歌は「声」より先に「想い」が伝わって来ます。声楽の難しさ、素晴しさはまさに此処に在りき・・・ですね。

あくまでもアクートは表現です。表現したい「何か」が無ければやはりこれも「空振り」です。パヴァロッティのこの歌は常に私にその事の大切さを教えてくれます。


トスティ歌曲集より  ~理想の人~  (外部サイト)

歌劇「メフィストーフェレ」より ~世の果てに近づいた~

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【 アクートのコツ】


アクートはひと言で言うと・・・

パッサージョ域で声をジラーレ(回す、若しくは裏声のようにひっくり返す)し、閉じた(キューソ、※下記参照)声門の間を勢いよく呼気を通過(パッサーレ)させた際に発生する「摩擦音・振動音」です。要するに地声の延長ではありません。

しかしながら・・・・、このアクートを何とか地声の「響き」や「声の当て方」で解決しようとしがちです。しかし、それは「遠回り」と言うより「方向違い」であってその延長線上にはアクートはありません。

また、ジラーレさせたポジションのままキューゾ(※下記参照)する事無く、開いたまま上っていくとミックスボイス(ファルセット)になってしまい、ドラマ(感動)、エネルギーの無い声になってしまいます。これも多々ある傾向ですが・・・「一聴瞭然」、アクートではありません。

※「キューゾ」は感情の内燃によるキューゾです。この内燃によるキューゾを通り抜けて初めてアクートは生まれます。

先ず、アクートは地声の延長ではない・・・と捉えるほうが早道です・・・


音声ファイル 【ジラーレ、キューゾの実践1 誰も寝てはならぬ~トゥーランドット(アクート部分)~】  いわゆる「ジラーレ」→「キューゾ」→「呼気をパッサージョ(通過)させる」を同時に行わなければなりません・・・、と言ってもそれぞれを確認し、組み立てる時間もありません・・・。「コツ」として捉えましょう。

音声ファイル 【ジラーレ、キューゾの実践2 星は光ぬ~トスカ~】   ジラーレすることでソット・ヴォーチェの表現も容易になります。そしてキューゾした声門を呼気が勢いよく通過した際の通過音が「アクート」です。アリア中のG音・A音がアクートになります。

音声ファイル 【アクートの練習 バス、バリトン、テノールバージョン (最高音E→highC)】   仮に途中で声が詰ったり、ひっくり返る様であればそれはアクートではなく、いわゆる喉で押えた「喉声」で歌っています。正しいアクートだけがパッサージョを越えて脅威的に音域を広げてくれます。初めの内はパッサージョ域でジラーレとキューゾを同時に行う感覚が分りにくいと思いますが、これこそがイタリア・ベルカント歌唱法の大前提となります。

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《アクートのコツ》

上記のパターンで練習する場合、音域がだんだん上へ高くなって行く際にパッサージオをまたぎます。その際に、地声で張り上げず、低いポジションをイメージしたままパッサージオをまたいで(通過して)下さい。最初はどうしても音につられて地声でパッサージオを通過しがちですが、声帯が鳴るまで堪えて「キューゾして(閉じて)」みて下さい。地声とも違った響きが生まれたらそこがアクートの入り口です。




【 アクートを妨げる音耳 】


アクートの修得及び声楽の勉強において大きな妨げとなるのが[音耳]の感性です。「歌・声」を音色や響きで捉えてしまい、歌・音楽の良し悪しを見失ってしまいます。アクートを響き・声の当て方だけで解決しようとすると、非常に遠回りをしてしまいます。声楽の修練は「歌耳」で聴き、感じることが大切です。

[音耳]

音楽をサウンド(音色・響き)として捉えてしまう耳です。音楽家・演奏家にとって非常に大切な感性ですが、声楽家・歌手にとっては厄介な障壁ともなり得ます。「歌・歌声」を器楽的に音色、響きで捉えてしまい、「歌・声楽」の本質を聴き逃しがちになってしまいます。「歌・音楽」の良し悪しを見失ってしまいます。声楽 = 「立派な声」と捉えてしまいがちになってしまいます。
 「学ぶことの第一歩は真似る事・・・」の喩えも確かに大切ではありますが、声色の「真似」からはアクートは生まれません。

[歌耳]

文字通り歌・音楽を「歌」として捉える感性「耳」です。アクート修得、声楽の勉強には非常に大切な感性です。歌の良し悪し、音楽の良し悪しを感じる「耳(感性)」です。イタリア・オペラの巨星達は何れ劣らぬ「美声」をして巨星となりえたのか・・・? ドラマチックな「美声」をして巨星となりえたのか・・・? いいえ、決してそうではありません! そんな彼等の心のドラマを[歌耳]で聴いてみましょう。熱いドラマが聴こえてきます。



【 パッサージョが越えられないのは・・・、其れは「業」だからです! 】

筋斗雲に飛び乗り、世界の果てまで行き着いた証に「斉天大聖」と記した柱は、お釈迦様の中指だった・・・

自分は世の果てまででも行けると信じた悟空の驕りは、結局は自分自身の業(お釈迦様の掌)からは抜け出せませんでした。

発声法も然り、自分の持ち声への過信がある内は・・・、あるいは持ち声だけで解決しようとする内は「パッサージョ(お釈迦様の掌)」からは抜け出せません。

すなわち、筋斗雲(持ち声)ではお釈迦様の掌(パッサージョ)を越えられないのです。

自分の無力さを知り、業を捨ててこそ初めて悟空はお釈迦様の掌(パッサージョ)を越えてさらに広い境地(アクート)を感じえたはずです!

パッサージョが越えられないのは「業」のためです。生まれて此の方、発してきた地声に頼ろうとするのは本能・・・つまり業です。

しかも、持ち声の良さを生かし、声楽家を志そうとすれば尚更、その業を捨てる事には頑なになってしまいがちです・・・

然しながら如何せん、「持ち声の良さに頼る」と言う「業」を捨てて初めてお釈迦様の掌(パッサージョ)を飛び越え、新しい境地(アクート)は感じられものの様です。


《 Canta Napoli 》  出張演奏 Voglio

 O sole mio (私の太陽)    Catari Catari (カタリー)

 Granada (グラナダ)      Torna Surriento (帰れソレントへ) 


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早いものであれから三十年余りになります。音楽大学の声楽科に入学したばかりで何も分かっていなかった私にさえ、イタリアオペラの名歌手達の歌声はあまりにも強烈でした。歌と言うより魂の迸りそのものでした。ただ、やはりその発声法の体得には辛抱強い積み重ねが必要でした。

「オギャー」と産声を上げ、後に言葉を習得して以来、私達は無意識に声帯を振動させて声を発し、人とのコミュニケーションを図って参りました。しかし、イタリアオペラの作曲家達はその声帯のもう一つの使い方を知っていた様です。

それがAcuto(アクート)です。直訳すれば「鋭い」という意味になります。普段、私達の声帯(特に男性の場合)は音が高くなるにつれて緊張し振動数を上げていきますが、ある一点(Passaggo・パッサッジョ又はパッサージョ)を越える時、その声はひっくり返るか裏声(ファルセット)になってしまいます。しかし、そのパッサッジョ(パッサージョ)を越えても尚、鋭さと輝きをを増して声帯を「鳴らす」技法がアクートです。

残念ながらこの発声法は、日本の民謡や歌舞伎などの古典芸能の中には見当たらず、イタリア独自のものです。イタリアオペラの作曲家達はその存在を知り、作品の中で登場人物の感情の高揚を表現する手段として、実に巧みに音楽(歌)のなかに取り入れてきた技法です。それ故に私達日本人にとりましてはなおさら分かりにくい声帯の使い方と言うほかありません。

如何せん、普段の話し声(地声)のままパッサッジョ(パッサージョ)を越えて音域を上へ伸ばそうとすると、人の生理として高音の振動数に耐えられず声は必ずひっくり返るか裏声に変わってしまいます。

それではアクートとは・・? 端的にいえば声帯を「鳴らす」ことなのです。オーボエの二枚のリードが鳴るように、トランペットのマウスピースの中で上下の唇が振動し合うように。ただこの声帯を「鳴らす」という感覚は普段の会話の中でのそれとは全く違ったものであるが故に、すでに無意識で声を出しコミュニケーションする私達には比喩し難く想像し得ない感覚なのです。

ただ言えるのは逆生理・・とでも言いましょうか・・・、音域が高くなり緊張の度合いを増していく声帯や音程に意識を持たず(心情的にはどうしてもその高い音程を狙い声帯に緊張を強いてしまうところですが。) あえて意識を音楽の内面にコントロールし集約させて行くことで意識を声帯から切り離し声帯をリラックスさせ、内面への意識の集中に伴い高まっていった肺の中の空気圧を使って声帯を「鳴らす」のです。

これがアクート(声帯の鳴らし方)の原理です。しかし原理(技)だけではアクートには成り得ません。アクートにはアクートの《心》(歌う喜び、音楽する喜び)・《技》(原理)・《体》(健全な体と声帯)が必要なのです。この三つが揃って初めて音を飛び越えて魂が迸るのです。

しかし、私にはこの《心・技・体》の中でも一番大事なのは《心》の様に思われます。「仏つくって魂入れず・・」、音楽は《心(喜び、そして芸術性へのこだわり)》を込めて初めて人の心に伝わって行く様です。

このページをご覧の声楽を志す有能な皆様、プロ歌手を目指し「アッポジオ」「パッサージオ」「アクート」を修得中の皆様・・・。そしてジャンルを問わず、歌を愛する多くの皆様には私の遠回りが皆様にとっての「近道」になれればと願っております。


可能な限りご質問にはお答えしております。お気軽にお問い合わせ下さい。

アンサンブル・ヴォッリオ  主宰 国分博文


【 甲論乙駁の発声理論 】

発声法に関する数多の著書・メソードの言わんとする事は分るような気もしますが、その多くが文章による理解に留まってしまい、実際に出す声に関しては想像の域を出ない・・・。いくらインテリジェンスの中で呼吸法・発声法を考えても答えはなかなか見つかりにくいものです。

「言葉は意思を伝えるもの、歌は感情を伝えるもの・・・」と言われます。と言うことは発声法の修得にはインテリジェンスな捉え方以上にセンシティブな捉え方が大切だということです。

アクートをインテリジェンスで捉えると「響き」「コペルト」「軟口蓋」・・・と言ったキーワードが頭の中を過ぎりますが、それはあくまで結果であって、アクートにならざるを得ない心の高揚があってこそのアクートなのです。

アクートを生み出す重要なノウハウは確かに必要ではありますが、それをインテリジェンスの中だけで捉えないことが大切です。

イタリアオペラの巨星たちの声の後ろには必ずドラマがあります、立派な美声だけが存在するのでありません。声の内面、音楽の内面を感じる事が大切に思えます。

歌の表現にはフォルティッシモもありますがピアニッシモもあります。さらに言えば「無音」の表現すらあります。歌手の成熟度はむしろこの「無音の表現」の良し悪しに必ず現れます。歌い始めの視線、歌い終わりの音の離し方・・・随所に「無音の表現」は現れます。

この事を含めて「発声法 = 歌の修練」の様に感じます。歌の勉強って結構大変ですよね・・・



【 アクートの原理 】

アクートの歌唱法は、パッサージョ音域でジラーレさせた声(言い換えればファルセットの状態の声帯)をキューゾ(閉じて)して 呼気の圧力を高めて声門をパッサーレ(通過)させた際にに生じる振動(声ではなく)を使った歌唱表現です。ここであえて声ではなく「振動」と表現させて頂いたのは、普段の会話の中でのいわゆる「地声」とは異なるものだからです。

ここで大切なポイントは、パッサージョ音域できちんと声をジラーレさせた後「キューゾ」することです。きちんとジラーレさせずにパッサージョを通過すると声はひっくり返るか詰まってしまいます。要するに地声がひっくり返る前にジラーレさせる事がt大切です。

もう一つ大切なポイントは、いったん「キューゾ」したポジションから上の音域では地声に頼らない事です。比喩的な表現ですが・・・パッサージョ音域より下は「成層圏」、パッサージョ音域より上は「宇宙空間」・・・と考えて、いつまでも地声(地球上での話し声)に頼らず、宇宙空間用の呼吸法・発声法「アクート」に切り替えてください。

要するに「持ち声」に頼っているうちはアクートにならないと言う事です。最初のはどうしても地声の尻尾を残したままアペルト(開いた)で上ってしまいがちですが、アペルトの延長線上にはアクートはありません。また、閉じた正門を通過する呼気の圧力が足りない場合、ファルセットやミックスボイスになってしまいます。

すなわち、アクートは「ジラーレ(声を回す、分りやすく言い換えれば裏返す、裏声にする)」から生まれたものである以上、理論的にはどんなに高音になろうともひっくり返りません。

この発声の原理はテノール、バリトン、バス・・・全ての声種に当てはまります。言い換えればバスでも高音のアクートが可能になります。つまりファルセット音域までアクートの伸び代がある事になります。


【リンク】 コンサート、ライブ企画・制作 学校公演 芸術鑑賞会    アンサンブル”Voglio“


【NEWS】 BLOG 見て聴いて、笑えて歌が好きになる不思議なブログです!


国分 博文(バリトン)
アンサンブル・ヴォッリオ主宰。福岡県久留米市出身。洗足学園大学(現、洗足学園音楽大学)音楽学部声楽科卒業、安部順子(旧姓 佐野順子)氏、故 安部嘉伸氏に師事。1996年~1999年、イタリアのローマに留学、Eugeno Lo Forte、Laura Didier Gambardeellaの両氏に師事。1997年夏、イタリアのラツィオ州におけるLago di Bracciano音楽祭参加。1999年6月、ローマの聖エリージオ・デ・フェラーリ教会でリサイタルを行う。第3回「長江杯」国際音楽コンクール入賞。第9回太陽カンツォーネコンコルソ入選。2003年にアンサンブル・ヴォッリオを結成、首都圏を中心に全国各地で活動中。その音域の広さからコンサートではバリトンからテナーのアリアまでカバー。


 【お問い合わせ】   ライブ・コンサート企画 “Voglio(ヴォッリオ).

   ライブ・コンサート企画 子供向けコンサート 小・中・高等学校向け芸術鑑賞会 出張・訪問演奏 
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